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サンタクロースはたくさんいる?世界サンタクロース名鑑

みんなが大好きなサンタクロースのモデルは
トルコの司教である聖ニコラウス ということは
当ブログでもお伝えしたことがありますが、
聖ニコラウスの記事はこちら

実はサンタクロースのような存在の者は
世界各国に存在しています。

クリスマスのお祝い方法が
それぞれの国で少しずつ異なるように
サンタクロースも決して万国共通ではないようです。

今日は主にヨーロッパ諸国を中心に、
サンタクロースの先祖についてお伝えしていきたいと思います。

聖ニコラウスにまつわるその他のエピソード

聖ニコラウスは小アジアのミュラの司教であった
という事実以外に確かな記述は残っていないのですが、

ピナラという都市にも同じニコラウスという名前の司教がおり、
さらに6世紀頃にもニコラウスという人物がいたようで

この3人がところどころ混同されて
伝説になっているフシがあるようです。

そして聖ニコラウスといえば、
金貨を家に投げ込んで貧しい家の3人娘を助けた
という話が有名なのですが、

他にも肉屋の主人に殺された子供を
ニコラウスが生き返らせた という話が
フランスのロレーヌ地方では童謡になっています。

聖ニコラウスの奇跡は数えきれないほど
伝説として残っているようで、

嵐の中で祈りを捧げた船乗りたちを救ったり
船に積んであった小麦を増やしたりした
というエピソードも存在し、

そのため聖ニコラウスは
子供の守護聖人だけでなく、
船乗りや商人、質屋、肉屋、パン職人たちの
守護聖人となりました。

それだけでなく後に
ロシア、アムステルダム、ニューヨークなどの
国や都市などの守護聖人として信仰されたのです。

その後聖ニコラウスは信仰していた
水夫たちによりドイツやオーストリアを始めとする
ヨーロッパ全土へ広がっていったとされています。

こうして一躍大人気となった聖ニコラウス信仰でしたが
プロテスタント圏の宗教改革によって影響力を弱められ、
カトリックでも聖ニコラウスの伝説は
歴史的根拠に乏しいとされてしまいました。

しかしながら長い間されてきた
聖ニコラウスの崇敬は未だになくならず、
現在に至るまでヨーロッパ各地では彼の祝日である12月6日には
聖ニコラウスが良い子にプレゼントを渡しています。

しかしその姿はサンタクロースとは異なり、
司教冠と言われる布製の帽子を被り、

白いヒゲに白い服、赤や青、又は緑(地域によって異なる)の
マントを着て、手には羊飼いの杖や子供たちが
良い子にしていたかどうかの閻魔帳を持って

悪い子には罰を与える怖い顔の
お化けのようなお供を連れているのです。

世界の伝統的なサンタクロース?たち

聖なるキリスト

宗教改革で聖人崇拝を否定したマルティン・ルターは
12月6日の聖ニコラウス祭を廃止することを提唱しようと考えます。
しかしすぐには実行できなかったようで、
実際ルター家の子供達も聖ニコラウスからの贈り物を
受け取っている という記録が残っているようです。

そこで贈り物をするのは聖ニコラウスではなく
『聖なるキリスト』が12月24日にプレゼントを持ってくる
ということを思いつくのです。

プロテスタントの理念を子供にも理解できるようにしたのです。

この聖なるキリストはやがてクリストキント
(幼児キリスト)となりました。

しかし生まれたばかりの幼児がプレゼントを
配って回るのは不自然なためか
『クリストキント』と呼ばれてはいるものの、

付き添いの天使のような女の子、または
聖ルチアのように頭にベールとロウソクの冠をのせている
女性のような天使、あるいは妖精 とされています。

クリスマスイブの夜にこっそりと各家庭に入り、
クリスマスツリーの下にプレゼントを置く というのは
このクリストキントの伝承が普及したためと考えられます。

そしてその後オーストリアの画家が
『冬おじさん』(ミスターウィンター)という絵を発表しました。

それにはヒゲの男性がフード付きのコートを着て、
ロウソクのついているクリスマスツリーを担いでおり
ヒイラギの冠のようなものを頭につけています。

この冬おじさんは祭服を着ていない贈り物の届け手として
ヨーロッパで初めて描かれた精霊です。

これ以降聖ニコラウスでもなく、クリストキントとも異なる
人物のイメージの元となっていきました。

冬おじさんはクリスマスおじさんの意味である
『ヴァイナハツマン』としてプロテスタント地域に定着していきます。

その他サンタクロースのような存在の者たち

ファーザークリスマス(イギリス)

イギリスでは古代ケルト文化の影響もあり、
豚の丸焼きを食べたり、ヤドリギを飾ったり、
仮面劇が上演されたりと独特のクリスマス文化が発展していきました。

そこでクリスマスの余興の進行役を行う恰幅のいい道化が
変化して精霊になり、(オールド)ファーザークリスマス
と呼ばれるようになりました。

しかし17世紀の清教徒革命でクロムウェルによって
この伝統も一緒に弾圧されたのです。

現在ではアメリカから渡来してきた近代型のサンタクロースが
(ニュー)ファーザークリスマスとして
クリスマスに活躍しています。

マダム ノエル(フランス)

クリスマスイブの夜には
白い服にバラの冠をかぶったマダムノエルが来て
子どもたちにプレゼントを持ってきてくれ、
贈り物を置くと手にしているベルを鳴らして去るそうです。

ドイツ発祥のクリストキントにとてもよく似ており、
おそらくドイツから伝来され
変化していったものだと考えられます。

フラウ・ホレ(ドイツ)

フラウ・ホレはホレのおばさんやホレばあさんなどという意味です。

きれい好きでクリスマスになると各家庭を回り
掃除が行き届いているかどうかを見に来ます。

また良い子には果物やお菓子をプレゼントしてくれる反面
悪い子はムチでたたいたりさらっていったりするそうです。

グリム童話にも登場し、
働き者の娘には金銀財宝をくれるのですが
怠け者の娘にはタールをかけてしまいます。

タントゥ・アリー(フランス東部)

タントゥ・アリー(アリーおばさん)は
鉄の歯とガチョウの足を持っているおばさんで、

クリスマスイブになると良い子の靴の中に
お菓子やナッツをプレゼントしてくれるのですが
悪い子にはちぎったロバの耳や酢漬けにしたムチなどの
嫌なものを置いていくそうです。

ベルヒタ(ドイツ)

大きな角のある恐ろしい仮面をかぶり、
牡牛の皮をまとった女性。

11月11日の聖マルティヌス祭から
1月6日の十二夜の終わりまで出現しますが
地方によってバラつきがあるようです。

良い子にしていた子供には靴やバケツなどに
銀貨の贈り物をしてくれますが

悪い子には悪夢を見せて殺して井戸に沈めるそうです。

かなり怖い女神ですが、
動物の守護者で紡績の監督者でもあるそう。

ベファーナ(イタリア)

聖ニコラウスの遺骨は1087年頃に
トルコがイスラム勢力圏に加わったために
ミュラからイタリアのバーリという所に
安置場所を変更されました。

これをきっかけに西のカトリックにも
聖ニコラウスが知られるようになったのですが、

それにも関わらずイタリアで子どもたちに
プレゼントを配る役目があるのはベファーナという魔女です。

1月6日の公現日、『エピファニー』がなまって
『ベファーナ』と名付けられたようで、
名前の通りエピファニーの前夜、または当日の夜に現れます。

ベファーナは顔に黒いススをつけ、黒い服を着た老婆の姿をしており、
プレゼントの袋を背負ってホウキに乗って空を飛びながら
各家庭の煙突に忍び込むと、

良い子の靴下にはお菓子を入れてくれるのですが
悪い子には木炭などを入れるのだそうです。

またベファーナについてはこのような逸話があります。

通りがかった3人の博士に『一緒にイエスを拝みにいかないか?』
と誘われたのですが、その時ベファーナは
家のホウキがけに一生懸命になっていて
その誘いを断りました。

しかし後になってそれを後悔し、
その3人を探すためにホウキに乗って彼らを現在になっても
まだ追いかけているそうです。

そしてその道の途中で出会った良い子たちが
イエスキリストであることを願って
ベファーナはプレゼントを贈っているとのこと。

3人の博士(スペイン、ポルトガル)

東方の三博士や三賢者、三王などと言われています。

イエスキリストの誕生に贈り物を持って礼拝に来たことから
この三博士がクリスマスプレゼントを
1月6日に持ってきてくれる というのです。

それを楽しみに子供たちは1月5日の夜までに
三博士へ『良い子にしていたので○○をください』
という手紙を送るのです。

中南米でもアメリカ式サンタクロースは上陸しており、
近年はその人気に押されつつあるようですが
未だに三博士の人気も衰えてはいないようです。

黒いピート(オランダ、ベルギー)

サンタクロースと言えば、お供にトナカイを連れていますが
ヨーロッパ各地の伝統的なサンタクロースは
よく恐ろしいお供を連れていることがあるのです。

サンタクロースの原型といわれている、
スレンダーな体系で白くて長いヒゲを持ち、
赤い服を着て司祭冠を被っている老人が
シンタクラースと呼ばれており、

この黒いピートはシンタクラースの従者です。

顔はススを塗っているので黒く、
ふくらんだダブダブの半ズボンにぴっちりとしたタイツ
といった不思議な恰好をしています。

良い子にはプレゼントをくれますが、
悪い子は杖を振り回して追い払ったり、
持っている袋に入れてさらっていったりします。

このような怖い従者はヨーロッパ各地に存在し、
おどかしオバケ、クネヒト・ルプレヒト、
ムチうちじいさんなど様々な名前や恰好で出現するのです。

ヨウルプッキ(フィンランド)

フィンランド語でヨウルはクリスマス、
プッキはヤギを指します。

つまり『クリスマスのヤギ』という意味です。

19世紀初め頃までフィンランドでは
ヨウルウッコという老人がヨウルプッキという
ヤギを連れて各家庭を回っては
強引に物乞いをしていくという伝説がありました。

しかし時代が変わるにつれ、
ヤギの角またはヤギの仮面をつけた老人が
プレゼントをくれる という存在に変わり
名前もヨウルプッキに統一されたのです。

トントゥ(フィンランド)

フィンランドではペイッコという名前のトロールや
トントゥといった人間の目には見えない
妖精の存在が信じられています。

ペイッコは森や川、山など自然に宿る精霊
(ムーミン達がそれにあたります)だとしたら、
トントゥは住宅や農場など人のいる場所に
住みつくとされています。

トントゥは赤いとんがり帽子を被った
小人のような姿をしており、
サンタクロースの側でお手伝いをしているそうです。

また日本でもトントゥ検定というのが存在しますので、
興味のある方はこちらからどうぞ。

トムテ(スウェーデン)、ニッセ(ノルウェー、デンマーク)

トムテやニッセも基本的にはトントゥと変わらない存在です。

赤い帽子をかぶり、半ズボンにニーソックスを履き、
白くて長いヒゲがあります。

トントゥのように人間の目には見えず、
ノルウェーではニッセの姿が見えるのは
猫と赤ん坊だけ と言われています。

北欧のクリスマスではもともとは彼ら達が主役で
彼らの好物であるポリッジという名前のミルクがゆやビールなどを
馬小屋に置いてごちそうをしてあげると、
1年間の実りと家内安全を約束してくれます。

しかしこれを忘れたり、ないがしろにしたりすると
家を火事にしたり様々な嫌がらせをするのです。

しかしアメリカ型の近代のサンタクロースが渡来すると
彼らもサンタクロースのアシスタントとして
働き方を変化させていった地域が多くなっていきました。

ヨウルスヴェン(アイスランド)

ヨウルスヴェンはアイスランドのサンタクロースで
こちらもまた一種の妖精です。

しかし他と多きく異なる点は彼らは13人いるのです。

彼らは山に住むトロールの子どもたちで
『窓のぞき』『ろうそく泥棒』『ソーセージ泥棒』
などといった名前がついています。

そして12月12日から1人ずつ山から下りてきて、
自分の名前にちなんだいたずらをするのです。

迷惑な彼らは12月25日のクリスマスから
1月6日のエピファニーにかけて
また1人ずつ山へ帰っていきます。

とても迷惑な存在ですが、
最近はプレゼントを送ってくれるように
変化しているそうです。

まとめ


サンタクロースの起源は
トルコの司教である聖ニコラウスであるという説は有名で、
前にも記事でお伝えしたことがある というお話でしたが

国が変われば、思想も変わり、それぞれの思惑や
その土地に根付いている伝承があるものです。

良い子にしているとプレゼントを贈ってくれるという
子どもたちにとって特別な存在は
聖ニコラウスの他にもたくさんいることが分かりました。

中には自身をススで黒く塗ったり、
恐ろしい風貌で子どもたちをさらっていったりする者までいます。

いつの時代にも
『良い子にしていないとプレゼントはもらえないよ!』
『悪い子はどこかに連れられていってしまうよ!』
という子どもたちへの脅し文句は効果てきめんなのでしょうね。

余談ですが、私が子どもの頃には
「悪い子にしていると風が強い日には【風ばさ】が来て連れていかれるよ」
と言われてきました。

風ばさというのは方言で風+ばさ(おばあさん)の意味です。

そして風が強い日には「風ばさが迎えにきてるんだよ」と
言われて育ったので未だに強風の日が苦手です。

しかしこの風ばさなのですが、
どこの民間伝承の本や記事を調べても登場しないどころか
地元の友人・知人についても知らない というのです。

我が家オリジナルなのでしょうか…

なのでもしかしたら前述しましたサンタクロースや
サンタクロースに似た存在の者達も
各家庭によってその姿を変えたり、
独自の変化をしているかもしれませんね。

我が家の場合はこうだったよ!

などと言った情報をお持ちの方は、
是非ご一報くださいね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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